2012年7月14日土曜日

育児&育自ワーク 早期教育について






昨日は、福岡市東区バンビの木箱での
育児&育自のワークショップでした。
すごい土砂降りの大雨でした。
各地で雨の被害が出ているようです。
被害にあわれた方々の一日もはやい
回復をお祈りしています。


今日は、0〜7才の時期の教育について
お話したいと思います。
私は、音楽教育にずっと長いあいだ
携わって来ました。
そして、音楽を通して子どもと触れ合うなかで、
音楽教育に関してのいろいろな矛盾を
感じていました。
シュタイナーに出会って、
シュタイナー教育を学んだり
実践するようになってからは、
自分が音楽教育のなかで
疑問に思っていたことが
すべて解決したように思います。


まず、その音楽教育について、
お話したいと思いますが、
人間の呼吸と心臓の鼓動が1対4というペースに
落ち着くのが、7才くらいと言われています。
全身で、この4拍子を喜びをもって体験できるのが
7才くらいということなんです。
だから、この時期に、
音楽の習い事をはじめるのがいいのです。
心身の成長に無理のない時期です。


昔の人は、6才の6月6日から、
習い事をはじめなさいと言いましたが
本当に、適切な時期だと思います。
昔の人は、すごいな〜と思います。
そのころ、小学校へ入学して勉強をはじめますよね。
心身の成長に無理のない
タイミングなんだと思います。


それまでの子どもは、模倣の世界に生きています。
全身全霊で感じたことを模倣します。
なので、リズムを叩いてごらんといわれると
上手に叩きます。
でも、自分の身体のリズムが整って、
音楽の勉強をはじめる準備が
できているわけではないのです。
だから、7才以前から、
宿題の出る音楽教室に行くことを
私はすすめません。


いろいろな会場での質問についてもお話しますね。
絶対音感は、早い時期から身につけるといいという
宣伝文句があるようで、そのことについての
質問を受けましたが、音楽をやっていて、
絶対音感があることが必要条件かといわれれば
そうではないのですね。
音楽を心から楽しんだり、演奏したりすることと、
絶対音感はそんなに深い関係があるわけでは
ありません。


音楽って、本来祭りの時には欠かせないものでした。
みんなで、楽しんで、踊ったり歌ったり
演奏したりしました。
その歌や演奏は、知的な学習としてではなく、
純粋な演奏として伝えられてきました。
そして、楽しんできました。


音楽教育、音楽教室というものが
できてしまってから、なんだか、本質とは、
どんどん離れたところへ向かっているような
気がします。
そういう世界へ、早い時期から、
子どもを入れることはないと私は感じています。


子どもが、7才までの時期、
子どもの魂がもっとも心地よいと感じるのは、
5音音階の世界だと言われています。
戦いと恋愛の音を除いた5つの音でできた音楽。
わらべうたがそうですよね。
何時始まったのかいつ終わるのか
くり返し歌われて、素朴で楽しい歌です。
そういう体験を沢山してほしいと思います。
それも、遊んでいるときに、どこからともなく
歌がはじまるような、そんな体験です。
さあ、歌いましょうという歌ではなく、
遊びのなかで生まれてくる歌です。


小さな子どもがリズムをとって
楽しそうにしていますよね。
それは、どうなんですかという質問も
いただきました。
それは、かわいい模倣です。
その楽しんでいることは、素敵なことです。
大事なのは、そこに音符を覚えたりする知的なことが
入ってくるかどうかということなんです。


芸術活動のなかに、知的な作業が介入せず、
ただその時間を純粋に楽しむのであれば、
ストレスはないと思いますが
知的な作業が要求されることは、
決して良いことではないのです。


人間は、健全な身体の上に、健全な感情が育まれ、
その上に知性が育まれます。
もし、健全な身体を育む時期に、
知的なことを要求されてしまうと
自分の生きるエネルギーの全てを
身体作りにつかうべきところ
そのエネルギーは知的な作業をするために
奪われてしまいます。


知的なことにエネルギーを取られると、
そのぶん身体を育てることができず、
感情を育てる時期にも、同じようなことがおきれば、
さらに、感情も知性も充分そだつことが
できなくなるのです。


そのことから考えると、0才〜7才の時期は、
特に、知的なことを要求せず、
五感を通して環境のすべてを模倣していく子供たちに、
模倣していい環境を準備することが最も大切なことになります。


大人の心までも感じ取り模倣しようとする、
言葉や行為のすべてを、良きものとして
模倣しようとする子供たちのために、
模倣されてい良い環境を準備したり、
自分も模倣されてい良い人間でいることが
一番大切なことのように思います。
そう思うと、まさに育児を通しての、
自分育てですよね。


言葉のことも、お話しました。
赤ちゃん言葉「〇〇でちゅー」とかを
大人が使わないでほしいということ。
真似されていい、使ってほしい言葉を
使うということ。
そして、言葉のなかにあるもの、
音にならなかったものも
感じ取って模倣していることを
忘れないでほしいと思います。


今の言葉は、本当に力が無くなって来ましたよね。
「言霊」ということを話したり
どこかで信じている人も
日常会話のなかで「やっべー」とか
「すっげー」とか「マジー」と言う言葉を
普通に使っています。
そして、生死に関わる言葉さえ
簡単に使ってしまっています。
そんな言葉も、子どもの前で使わないでほしいです。
たとえ、言葉がまだ話せなくても、
すべてを吸収しているからです。


子どものまえだけじゃなくても、
使わないほうがいいと思うのです。。。
芸術活動をしていると、どうしても、
自分のなかで使えない言葉があります。
言葉が音になる時、心がざわざわしたりするのです。


観ることや聴くことが自分の仕事につながったり、
観てもらうこと、聴いてもらうことが
自分の仕事だったりする人は、その力ない言葉、
良い響きとは言えない言葉を
自分が使わなくなるだけでも、
自分の作品が随分かわってくると思います。


使うことが、当たり前の時代で、
使うことに何の違和感もないのかもしれませんが、
芸術活動をする自分、表現者である自分であるとき
その力ない言葉、美しいとは言えない言葉を
使うことは、私にはどうしてもできないのです。。。
たぶん、私の使う言葉や思いがすべて音に歌に
なるからなんだと思います。


話しがちょっとずれてしまいましたが、
子どもたちのために外から与えるべきものは、
たぶんないのだと思います。
模倣されていい環境を準備することが大切なのです。
子どものためにと思って、
知的なことをする教室に通ったり
身体を鍛えたりするスポーツの教室に通うのには
まだ早い時期です。


本当に、音楽や芸術の教室に通って、
習得することが、
子供たちの感情を育てる助けになるのは、
7才から14才の感情体が育っていく時期に
なります。
そのことを考えると、
いつから習い事をはじめるのがいいか
わかってきますよね。


ああ〜今日もまた、長くなってしまいました。
いろんな詳しいお話は、またワークの時に。。。


今後のナチュラリストのワークは下記の通り。
飯塚会場は、すでに満席ですが、
春日助産院と糸島カフェ和楽ママさんは、
まだ空席があります。
もちろん、子供さんと一緒の参加OKです。
お会いできるのを楽しみにしています♡


7月18日(水)飯塚市菜の花助産院 10:30~

7月21日(土)春日市春日助産院 10:30~

7月24日(火)糸島市カフェ和楽mama 14:00~

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